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名古屋高等裁判所 昭和43年(ネ)410号 判決

控訴人

伊藤正治

代理人

岩瀬丈二

被控訴人

朝比奈てつ子

外五名

代理人

加藤博隆

外三名

主文

原判決を次のとおり変更する。

一、控訴人は被控訴人らに対し別紙第一目録記載の建物を収去して該敷地たる別紙第三目録記載の宅地208.35坪のうち別紙図面GBCDEHGで囲まれた部分24.667坪を明け渡せ。

二、控訴人は被控訴人らに対し昭和三六年六月二八日より昭和三八年一二月末日まで一ケ月金一万一、一〇〇円、昭和三九年一月一日より明渡済まで一ケ月金三万、二、〇六七円の割合による金員を支払え。

三、被控訴人らのその余の請求を棄却する。

四、訴訟費用は第一、二審を通じ、これを一〇分し、その一を被控訴人ら、その余を控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一、被控訴人らの先代朝比奈力雄が別紙第二目録記載の従前の土地(旧地)を所有していたところ、昭和三四年一〇月一六日同人が死亡し被控訴人ら六名が右土地を相続により取得したこと、右土地の分筆の経緯は別表第二のとおりであり、また右土地に対する仮使用地指定、換地予定地指定、仮換地指定変更の経緯が別表第一のとおりであること、控訴人が別紙第一目録記載の建物を所有し、同第三目録記載の仮換地(新地)の一部二五坪を占有していることは当事者間に争がない。

二、しかして、昭和二四年七月二八日名古屋簡易裁判所において右力雄が控訴人に対し別紙第二目録記載の土地のうち一五坪を期間五ケ年の約で賃貸する旨の調停が成立したことは当事者間に争がない。

(一)  右調停により成立した賃貸借は一時使用を目的としたものであるか否や、その対象地は従前の土地であるか、仮使用地であるかにつき判断する。

〈証拠〉を併せ考えると、訴外浅井ヨシは右力雄から名古屋市中区鶴舞町二六番の土地の一部を借りてバラック建建物を所有していたが、名古屋市の土地区画整理によりその敷地の大部分が道路予定地となり、敷地のうち僅かに三坪(これが前記調停において賃貸借の成立した一五坪のうちの南端の三坪に該当する)のみが仮使用地内に指定されるに至つたところ、控訴人は右事情を承知のうえで浅井ヨシから右建物を買い受けた後、地主の力雄から更に増歩して土地を賃借りしようと考え、力雄を相手方として名古屋簡易裁判所に対し調停の申立をしたこと、右調停(同簡裁(ユ)第二五一号事件)において力雄は建物の収去、土地の明渡を要求したが、自己の代理人服部弁護士の勧めもあつて譲歩し、五ケ年で土地を明け渡すということで合意に達して前記調停が成立するに至つたこと、右調停調書には「被申立人(力雄)は申立人(控訴人)に対し、名古屋市中区鶴舞町一丁目一一番宅地のうち申立人に賃貸している三坪に接続して更に北側一二坪を賃貸すること。右賃料は当事者双方協議のうえ決めること。申立人が右地上に建設する物件は仮設建築物であるから、その賃貸期限を昭和二九年七月末日までとし、右期限経過と同時に申立人は地上物件を収去して該土地を明渡すこと」等の調停条項が記載されていること、しかし、右調停調書記載の「名古屋市中区鶴舞町一丁目一一番地」が「名古屋市中区鶴舞町一丁目二六番地」の表示上の誤りであり、右地番は分筆により「同所二六番の四」になつていること(この点は当事者間に争がない)、右調停成立後直ちに力雄と控訴人とは立会して力雄が昭和二三年五月六日名古屋市長より右土地の仮使用地として指定を受けた中第五工区五八ブロック九番240.82坪のうち賃貸地一五坪(仮使用地に包含されることになつた従前の借地部分三坪とこれに隣接する右仮使用地のうち北側一二坪―間口二間、奥行7.5間)の土地の範囲を特定し、賃料を一ケ月金二、五〇〇円と定めたうえ、控訴人は地主の了解のもとに該地上に木造スレート葺平屋建建物一二坪半を建築し、同所で飲食店営業をしてきたものであることが認められ(る)〈証拠判断省略〉。

右認定事実によつて、先ず右調停によつて成立した賃貸借が一時使用を目的としたものであるか否やを考察すると、調停成立に至る経緯、調停条項の文言、建物の規模、構造、種類等の諸事情を考慮するときは、右調停による賃貸借は賃貸借期間五年の一時使用を目的とするものであると解するを相当とする。もつとも右認定のとおり、調停成立の直後控訴人が力雄の了解のもとに木造平屋建建物を建築した事実があるが、そのような事実があることをもつて右賃貸借が一時賃貸借に非ざるものと断ずるに足りない。けだし、右建物は原審における被控訴人朝比奈昭治の供述によれば、木造スレート葺建物で、前の部分は平屋建、後の部分は中二階であり、土台は丸石をおいたもの、天井はなく、柱も三寸角位のものであることが認められ(これに反する原審における控訴本人の供述は措信し難い)、この事実と当時の木造建物の一般的構造状況から判断すると、果して右建物がいわゆる本建築の建物といい得るか否や疑問とするところであるが、これを仮設建物に非ざる建物と解するとしても、該建物はその構造、規模からみて、五年の約定期間満了時には物理的に容易に収去することができるものと認められ、また該建物の所在場所(鑑定人安藤兼次の鑑定書によれば、中央線鶴舞駅北口の飲食街にある)、営業上からいつても右期間内に投下資本を回収することが容易に期待されるものであつたことに徴すれば、右の如き建物があるからといつて約定期限における履行を困難にするものではない。従つて、他に特段の事情のない本件においては、右建物建築の事実によつて通常の賃貸借である証左となすに足らず、またそれによつて通常の賃貸借たることに変質するものでもない。

次に、賃貸借の対象となつた土地につき、前記認定事実によれば、右調停成立前において名古屋市長より別紙第二目録記載の土地に対し第三目録記載の土地を仮使用地として指定する旨の処分があり、右調停において成立した賃貸借はその仮使用地内の一部分一五坪を特定してなされたものであることが明らかであるから、該賃貸借の対象土地は仮使用地内の一部というべきである。しかしながら、名古屋市長のなした右仮使用地指定処分は、特別都市計画法一四条所定の換地予定地指定の効果を生ずべき行政処分ではないと解すべきである。けだし、右仮使用地指定処分のなされた当時、既に特別都市計画法が施行されていたに拘らず、その一三条に規定する換地予定地なる語を用いなかつたこと、その後名古屋市長は同法一三条に基づくことを明示して仮使用地として指定した土地をそのまま換地予定地に指定する処分をなしていることに徴すれば、仮使用地指定処分は特別都市計画法一三条に基づくものとは解されないからである。(もつとも、名古屋市では昭和二七年三月三日名古屋復興特別都市計画事業復興土地区画整理施行規程(昭和二四年名古屋市告示第六〇号)を改正し、第一一条第三項に「市長が必要と認めるときは、法第一三条第一項の規定により換地予定地を指定する前に換地予定地に準じて仮使用地を指定することができる。」旨の規定を追加し、即日右規程を施行したことは明らかであるが、それ故に昭和二三年五月六日付仮使用地指定処分が、遡つて、特別都市計画法に基づく換地予定地指定処分と同一の効力を付与されたものとは解されない。)従つて仮使用地の一部を特定しこれを対象として賃貸借契約をしても、その特定部分につき当事者間に賃貸借契約が成立したというに止まり、特別都市計画法施行令四五条に規定する賃借権の権利届出の要否の問題を生ずる余地はない。

以上により、調停により成立した賃貸借は期間五年の一時使用を目的とするものであり、仮使用地内の一部一五坪を対象としたものと断ずべきであり、その後三坪及び七坪の借増しがあつたことは当事者間に争いがなく、かつ右借増しにより一時使用賃借たるに変更のなかつたことは後記認定のとおりである。被控訴人が本訴において明渡しを求める三〇坪のうちその余の五坪についてはこれを控訴人において占有する事実を認むべき証拠はない。

(二)  そこで控訴人は、右調停調書記載の期限である昭和二九年七月末日以後同年八月一〇日までの間に、新たに換地予定地のうち二五坪について賃貸借契約が成立したか、または期間満了後法定更新があつた旨主張するので、この点につきさらに検討を加える。

〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、

控訴人は、前記調停後昭和二五年一月力雄より前記一五坪の借地の東側沿に幅三尺の土地三坪を特定して賃料一ケ月金三〇〇円で借増して勝手場を増設したこと、その後控訴人は、右借地の北側に居住していた訴外松本某よりバラック建建物四坪を買い受けたうえ、換地予定地の指定があつた後である昭和二七年一一月二七日、力雄に借地契約料金一万円、建物解決料金一万五〇〇〇円を支払つて従前の借地の北側に隣接して七坪を賃料一ケ月金一、〇〇〇円で借増し、該借地内に右四坪の建物を移築したこと、その際現地において、力雄が使用収益権を取得した換地予定地のうち控訴人に対する借地部分合計二五坪(当初に賃貸した一五坪とその後に借増した三坪と七坪との合計で、別紙第三目録添付図面中、B点およびC点より東方へ一五尺の地点をBC線と平行に直線で結んで囲まれる部分、すなわちGBCIGで囲まれた部分、間口2.5間、奥行一〇間)の土地の範囲を指示特定し、その賃料は合計金二、〇〇〇円、契約期間は当初の調停で定めた前契約期間に従うこととして賃貸したこと、昭和二九年七月三一日調停調書記載の期限経過後、力雄は同年八月一〇日右賃料を異議なく受領し、その後昭和三一年一月以降賃料を一ケ月金二、五〇〇円に増額して同年一二月分まで(但し同年一二月末には別に金四、四二〇円を受領)異議なく賃料を受領していたこと、その後力雄は従前の土地二六番の六の土地を分筆のうえその一部を訴外鈴井幸雄に譲渡したので、昭和三六年四月四日別紙第二目録記載の土地に対する仮換地は、別紙第三目録記載の中第五工区五八ブロック九番208.35坪に指定変更されたこと、右仮換地は前記仮使用地指定以来、いわゆる原地換地で従前の土地が分筆譲渡されたため、全体の使用収益部分は減坪されたが、控訴人の占有する借地の位置範囲は、右換地予定地の指定、仮換地の指定変更により何らの影響を受けず、右仮換地内で終始特定されていることが認められる。〈証拠判断省略〉

以上の認定事実によつて、五年の期間経過により右賃貸借が終了したか、または継続されたか否やについて判断すると、力雄は昭和二九年七月三一日の賃貸期間経過後、同年八月一〇日頃から昭和三一年一二月まで毎月控訴人より異議なく賃料を受け取つていた事実に徴すれば、右賃貸借は五年の期間経過により当然に終了したものではなく、右賃貸借と同一の条件をもつて更に賃貸借をなしたものと推定さるべきものである(更に賃貸借をなしたものと推定すべきか、または更に借地権を設定したものと看做すべきかは、更新前の賃貸借が一時賃貸借であるか否やにより異なるものというべきであるが、後記認定のとおり更新前の賃貸借は一時賃貸借と解するから、更新されたものと推定する)。なお新なる賃貸借の合意が成立したものとは認め難い。

(三)  そこで、更新時における従前の賃貸借が一時使用を目的としたものであつたか否やについて検討を加える。調停によつて成立した賃貸借が一時使用を目的とするものであつたことは前記認定のとおりであるが、その後、昭和二五年一月三坪を借増して勝手場を増設し、昭和二七年一一月七坪を借増して建物を移築した事実があるから、これによつて一時賃貸借たるの性質に変更があつたかどうかについて先ず考えてみると、三坪の借増しは従前の一五坪の借地の東側沿いに幅三尺の土地を三坪借増して勝手場を増設したものに止まり、その借増地の形状坪数、増設建物の坪数用途からみれば、従前の土地建物の便益を増加させる附属物に過ぎないものと認められるので、右のような事実があつたからといつて、従来の一時賃貸借たるの性質に変化を生ずるものではないというべきである。更に、七坪の借増しについても、その借増しするに至つた経緯、借増地上の建物の規模構造、殊に期間についての特約条項(賃貸期間は調停により定められた期間に従う旨の約定)からみると、右借地の借増し、建物の移築の事実があつたことをもつて従来の一時賃貸借たる性質に変更を招来し、通常の賃貸借となつたものということはできない。また、五年の期間内に数次に亘り賃料が増額された事実があるが、その増額の程度と土地賃料の一般的な騰貴の状況に照らせば、賃料増額の事実があつたことをもつて賃貸借に変質があつたものというに足りない。

その他五年の賃貸期間内に特別な事情の生じたことが認められないから、更新時における従前の賃貸借は依然として一時使用を目的とするものと断ぜざるを得ない。

しかして、このような一時使用を目的とする賃貸借においても、その期間満了後賃借人が使用を継続する場合において賃貸人がこれを知つて異議を述べなかつたときは、民法六一九条により更新が認めらるべきものと解する。けだし、借地法九条に規定する一時賃貸借なるものは、本来は極めて短期間の賃貸借を想定したものということができるが、一時賃貸借なりや否やは、期間のみに捉われずに、賃貸借締結に至る経緯、借地上の建物の構造種類規模、土地使用の目的等諸般の事情を考慮して、短期間に限り賃貸借を存続せしめる合意が成立したと認められるかどうかによつて判断すべきものであり、その賃貸借期間は漸次延長せられ、事情により数年ないし十年に及ぶものとされるところからみれば、一時使用を目的とする賃貸借といえども、民法六一九条を適用して更新を認めるを相当とするからである。

以上によつて結論するところは、本件において調停によつて成立した賃貸借は、当初の賃貸期限たる昭和二九年七月三一日の経過後法定更新せられ、その賃貸借も一時使用を目的とするものであるというべきである。

三、そこで、控訴人は土地区画整理事業の施行者から使用収益しうべき部分の指定を受けていないから仮換地を使用収益する権利を有しないとの被控訴人らの主張について考察する。前記認定のとおり、昭和二七年一一年四日本件土地区画整理事業の施行者たる名古屋市長は、特別都市計画法一三条に基づき別紙第二目録記載の土地に対する換地予定地として先に仮使用地に指定した土地(第三目録記載の土地)をそのまま指定し、その後当事者間に七坪の借増しの契約が成立した際、賃貸借地合計二五坪について右換地予定地内においてその範囲を特定し、その賃貸借が法定更新せられたものであるから、法定更新された賃貸借は右換地予定地内の特定の一部分であるといわなければならない。かかる換地予定地(特別都市計画法廃止により同法による土地区画整理事業は昭和三〇年四月一日から土地区画整理法施行法五条により土地区画整理法によるそれと切り替えられ、従前の換地予定地の用語は仮換地となる)の使用収益権者は、その権利に基づきその権利の範囲において換地予定地(仮換地)の全部又は特定の一部を対象としてこれを他に賃貸することができるものというべきである。このように換地予定地(仮換地)そのものを対象として成立した賃貸借は、新地の全部又は特定の一部について既に当事者間に合意が成立しているのであるから、従前の土地を対象とした賃貸借と異なり、事業施行者に対して特別都市計画法施行令(廃止)四五条の定める権利届出の手続又は土地区画整理法八五条の定める権利申告の手続(権利届出、権利申告は両法の用語上の相違に過ぎないが、前者の場合その期間は土地区画整理施行地区告示の日から一月以内と定められていたところ後者の場合申告期間の制限はなくなつた)をなして、事業施行者から換地予定地(仮換地)の全部又は一部について自己の使用収益しうべき部分の指定を受けなくとも、換地予定地(仮換地)の賃借権者は土地所有者たる賃貸人につき、自己の賃借した換地予定地(仮換地)の全部又は一部に対し賃借権を主張して、これを使用収益しうるものといわなければならない。従つて、本件において控訴人は権利申告手続をなして事業施行者たる名古屋市長から使用収益しうべき部分の指定を受けなくとも、被控訴人らに対し仮換地の一部たる前記二五坪についてその賃借権を主張することができるものというべきであるから、この点に関する被控訴人らの主張は失当である。《以下省略》(伊藤淳吉 井口源一郎 土田勇)

別紙 第一・二表、第一―第三目録《省略》

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